「東池袋大勝軒」店主
飯野 敏彦 様
実家は群馬県で食堂を営んでおり、学校を出た後は様々な飲食店で働くも、「何かが違う」と料理の奥深さを研究していた。そこで、出会い衝撃を受けたのが東池袋大勝軒の味だった。つけ麺の神様とも呼ばれた山岸一雄氏が作り上げた味を一番近くで見て、そして店を継承するまでの飯野氏の苦労とこれからの展望とは?
僕は、父の代から家族経営で飲食店をやっており、自然と僕も飲食の道に行きました。イタリアレストランで7年ほど修業し、そして家でも1年ほど修業を積みました。トンカツも扱っていたのでトンカツ店などにも修業に行きました。でも、何か違うなーと思っていた時に、ふと群馬からバイクで東池袋大勝軒に食べに行ったんですね。その時のつけ麺の美味さが衝撃的で、それから約1年間ほど通い詰めました。実家でもラーメンは提供していたので、「東京にはこんな美味いものがあるんだぞ」って自分で見よう見まねでつけ麺を作ってみて近所に配ったんです。まだ当時群馬にはつけ麺文化なんて浸透してないから近所の人は評判だったんですけど、やっぱりあの味が忘れられなくて、弟子入りをお願いしに行ったんです。そしたら「うちは従業員扱ってないからダメだよ」って断られ…でも、どうしてもあの奥深い味に感動して学びたくて、何度も何度も通い詰めて頼んでいくうちに「そんなにやりたいんだったらいいよ」と了承いただいたんです。
2年ほど修業させていただいたんですが、僕が入った当初はマスターを含め4人でやっていました。そこで色々教わろうと思ったんですが、麺上げにしても製麺にしても「危ないからダメだよ」と言ってやらせてくれなかったんですね。しかも、山岸はレシピを残してないですから、見て覚えるしかないんです。
でも、当時の麺の作り方は独特でしたね。切り歯を使わず、マスターが手で1食分ずつ取り分けていたんです。手で切るから不揃い感や、千切ったところの厚みの部分とか出てくるんですけど食べると美味しいから…あれは独特のものです。しかも、麺茹でに至っては、今の一般のラーメン店では考えられないかもですが、なんと灯油で火を焚いていたんです。灯油の火力はすごいですよ。コンロの上の鍋を外したら天井まで火が届くくらいの熱量で、実際あまりの火力で長年使うと鍋に穴が開くくらいですから。あの火力の茹で釜を使いこなすのも相当な経験が必要ですよ。
先ほども言いましたけど、マスターのスープ作りには分量や規定はありません。カンスイの量は調整してましたけれど、基本的に食材・調味料をササッと入れて作っていく。自分の舌を信じて作っていました。その当時から使っていたのが実はエキストラートなんです。40ccのレードルで朝一で入れて、一番スープに入れて、二番スープに入れて、三番スープにも入れて…1日だけでも合計4回くらい入れてました。大体入れるタイミングは、味に変化やブレが生まれた時なんですね。スパッと抜ける時に補充するのが決まっていました。その量に関しては、スープの味を見て多め、少なめと調整していました。ちなみにこれは余談ですけど、昔からエキストラートの容器って赤いキャップの大きいポリ容器なんですよ。あれは使い終わったら、綺麗に洗って常連さんの「お土産用スープ入れ」になっていました。だから、今でも昔からの常連さんなんかはそのエキストラートの空容器を持ってお店に来たりしますよ。
東池袋大勝軒で修行をしてて、しばらくしてから、王子駅近くで「滝野川大勝軒」として僕が独立したのが18年前くらい。その後本店の味を守りながら営業をして、滝野川としての支店である「南池袋大勝軒」を出したのが2003年。東池袋大勝軒が2007年に閉店をして、マスターが常連さんから「もう1回やってよ」と応援を受けて再び、現在の場所に東池袋大勝軒を出したのが2008年です。そこで、二代目としてやらせていただくことになったんですけど、オープンしてから2〜3ヶ月は忙しさと「本店としてのプレッシャー」で大変でした。味を守らなきゃとは思ってるんですけど、それでも何人もの常連さんから怒られたり。
営業時間もマスターがやっていた時よりも倍以上長くしたので、朝イチから昼過ぎくらいまでのスープと夜のスープにどうしてもブレが出てくる。それで怒られたりしました。今でこそゆっくり考えられますから、味の調整には余念がありませんが、朝のスープと夜のスープが同じということはなくて、常に味は変化していってるんです。これはどのお店でもそうだと思いますが、長々炊いているとスープは変化していき、特にスープ内のアミノ酸が抜けたりして、どうしても夜に近づくと調整で魚を入れたり煮干しを入れて調整しようとします。その途中の調整材として最適なのがエキストラートなんです。
色々な展開をしていますが、やはり基本的なことはマスターの作った味を変えずに守っていくということを一番に考えています。次世代の子供達に食べてもらいたい。御年寄りから子供までファミリーで東池袋大勝軒の味を楽しんでもらいたい、って思っています。ここを守ることが大事で、ここで商いを続けていくことが大事なんだなって。マスターの魂が入ったつけ麺を僕はいつまでも作り続けていきたいと考えています。